稲葉さんの有精卵
岡田先生に連れられて千葉県三芳村の稲葉さん宅に伺ったのは、四五年も前のことです。 三芳村は岡田先生が 「安全な食べものをつくって食べる会」の拠点にした村で、 稲葉さんはその中心人物のお一人でした。 ニコニコとおだやかでこまめに動いてくださるのに、 ドッシリした風貌と品格は私たちに安心感を与え、父親のような存在でした。大きな長屋門を持つ昔の庄屋さんの末裔で、外からやってくる岡田先生や自然農法の指導者の露木裕喜夫先生私たちのような見学者などみんなを分け隔てなく受け入れてくれました。
送り迎え、宿泊の手配、村の案内から村人たちの紹介まで、何から何までです。 岡田先生の提唱を受け入れた三芳村は、自然農法による米や野菜の生産のほかに、稲葉さんのご尽力もあって、有志による平飼い卵の生産が始まりました。
有精卵の「いい卵」を作るのが目的です。
狭いケージの中に詰め込む飼育ではなく、平飼いを中心とした自然養鶏の有精卵です。
今日の鶏の主流は、囲いの中で飼う、いわゆるケージ飼いです。 これ以上詰められな いほどぎゅうぎゅうケージに押し込むさまは、まるで満員電車さながらです。さらに、食べたエサの栄養分が余計なところに行かないようにトサカを切り落とし、隣の鶏をつついて傷つけたり餌を飛び散らせたりしないように、くちばしを丸く削ります。いたたまれな い光景です。そのような状態で、鶏たちはいのちのない無精卵を産みつづけます。
一方、平飼いは広い鶏舎を区切らず、鶏たちは好きなだけ動き回り、自由に虫をつついたり、砂浴びをしたり、水を飲んだりして、元気に育ちます。そのなかに数羽の雄鶏を入 れることで、有精卵が生まれます。
現在は「いなばナチュラルファーム」という名前で、農薬や化学肥料を一切使わず、 米・野菜・果樹なども育てています。最近では「百姓屋敷レストランじろえむ」という名 のレストランも経営されていますが、予約が取れないほどの繁盛ぶりです。